小説館新館*凍土の花

凍土の花
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ヘルヘイムの女主人

***

ヘルヘイムは修羅の道

ヘルヘイムの女主人

***

ヘルヘイムは修羅の道だった。
腐ったはらわたがしきつめられているようで悪臭に満ちている。
そこから無数の手がのびてくる。
つかまれようものなら どんどん生気が失われていくようだ。
四が先へ進もうと奮い立てばたつほど延びてくる手の数は増える。
逆に、とめどもない戦いに疲れなげやりな気持ちになると それは減った。
手はさまよう霊魂たちの 四の命への嫉妬が形になったものだと気付いた。
「おいのりの言葉でも覚えときゃよかったよ。
だけど 俺は救世主じゃねえからな。
きさまら じゃまだ!だまって眠りやがれ!!!」

黒い魔人の出現にあたりが恐怖に包まれる。
手がつぎつぎとはらわたに引っ込んでいく。
手の主は神が鼻にもかけなかった 弱き者たちだったのだろう。
この闇の世界に打ち捨てられた者たちの鎮魂を願い
そして 傲慢な神たちへの闘志を
四は新たにした。

四はしばらく魔人のままヘルヘイムを進んだ。
ひそひそとささやく、無数の声がする。
聞き取れないほどのささやきも 集まればウワーンとあたりを振動させるほどで、
耳をふさいでも 頭の中で反響を続けているようだった。

魔人でいると 体力を消耗した。
ふと見るとそこかしこにつきだしている墓標のような岩のひとつに立ち
腕に抱えた瓶から なにかを撒く白い影があった。
それはすきとおるような肌となめらかに流れる長い金の髪の女だった。
上半身にはストールのみをかけ、豊かな乳房があらわになっている。
下半身は絹を巻いているが、その長い裾は地表の腐った汚泥にまみれていた。

女は近づいてくる四を一瞥したが 何も言わず
また瓶の中身・・それは液体のようだったが・・を撒き続けた。
それを受けようと、汚泥からつぎつぎと死人がその体をもたげてきている。

四はおぞましい、というより 憐れを感じていた。

「おまえは魔族なのであろう。その感情こそ神族には欠けるものかもしれぬ」

施しを行いながら女が言った。
四は心を見透かされたことに少し驚きながら いつものような皮肉な口調で返す。

「魔族らしくないと言われるのかと思ったぜ」
「神というのはすべての事柄を自分たちの手のひらに載せていると思っている。
幸福も不幸も、安寧も混沌も 思いのまま。
ここにいるのは 神が不要とした者たちだ。
それらにくれてやる憐憫の感情は神にはない。
わたしはここで ユグドラシルの根からとった香油をまく。
慰めだ・・
やがてこの者たちも底なしの泥に沈み二度と浮き上がってこない。
しかしまれに香油に反応しわずかな光を帯びる者がある。
わたしは それを見極め生の世界に戻す」
「生き返らせることができるのか」
「わたしはこのヘルヘイムを治めるヘル」

ヘルはそういって四を向くと ふんと 自嘲し 続けた。

「好んできたわけではないがな。
しかし いまや生の最終決定を下せる唯一としてわたしは存在する。
かのオーディーンもそこに口も手も挟めぬ。
神族の最期を わたしは見届けることができるだろうさ」
「神に相当な恨みがあるようだな」
「恨み?そうだな。このようなところに好んでくるものはいまい?
皮肉屋の父の遊びに
わたしたち兄弟はふりまわされたのさ。
長兄フェンリルはただ凶暴なだけの醜い狼に、
次兄ヨルムンガンドは自らの尾を追う大蛇に、
そしてわたしは・・」

女が絹をとるとそこには緑とも黒ともつかない 腐った下半身が現れた。
破れた皮膚からはどろどろと体液が流れだし、
あるいは肉のこびりついた骨が見えていた。
死人の体だった。

「こんな姿で生み出されたわたしたちを
神たちは不吉の予兆だとして追いやった。
追いやったところで自分たちの運命が変わるわけでもなかろうが。
慌てふためく神たちを見たがった父の悪ささ」
「父とは」
「ロキ。 そして兄たちの母は巨人族のアングルボダだ」
「あんたの母親は?」
「ロキ自身だ」
「なんだって?ちょ・・ちょっとまってくれ・・あんたはロキの分身、と理解していいのか」
「ロキの別名は変身するもの。
男、女、獣、虫・・時には神の手にする槍にさえ姿を変えられる。
大神の愛馬スレイブニルの母馬はロキだ。
ははっ、そんなに驚くな。アースガルドでは皆の知るところだ。
父は神族の中でもトール、チュール、フレイに並ぶ・・
いやそれ以上の力をもつ。
ただ 遠く巨人族の血も流れるために、血統を重んじる神族に疎まれたのだ。
それでも父の優位は皆の認めるところ。
神を脅かした巨人族の優秀な牡馬との間に自らの血を分け、子をなし、大神に献上した。
神族は微妙な緊張のうえに関係を保っている。

父はアングルボダの心臓を食った。そして女に変身し わたしを生み出した」
「・・・」

四は絶句した。
ロキとはいったい・・・

「貴様はわたしを憐れむか」
「わからん。しかし たしかに あんたの運命は過酷すぎる」
「そしてこの姿だ。
しかし わたしは この死者の国にあって 魂の最終点を見る役割を負った。
・・
貴様がこの先 生者の国へ進むにはわたしの橋渡しが必要になる。
その条件としてわたしを抱き満足させよと言えば
きさま できるかね」
「ああ、そうくる?けっこうありきたりな筋書きといったところだね」
「できるかね」
「いいよ。俺でよければ。
てか、こんなところで据え膳たぁ、俺もついてるぜ」
「いきがるな。小僧め。
わかっておる。貴様が救おうとするもののためには
自らに求められるいかなる代償も払おうとしておるだけだろう」
「なんだよ。俺がいいって言ってるんだ。
もうちょっとロマンチックな台詞でも出てこないもんかね」

四はヘルに近づきその頬に手をあて 顔を寄せた。
ヘルは顔をそむけた。
そして四を押し返すと ふんと鼻で笑っていった。

「よい。行け。
・・・・
本来一つの存在だったものが 神と魔に分かれたとき、
なぜ、その感情をすこしでも神に与えなかったのか・・
運命と時はほんに いたずらものよ」
「その姿があんたに生きる喜びをあきらめさせているのなら・・
もし下世話な話だが おれが そのあきらめから解放してやれるなら
・・・助けたい」
「ばかめ。わたしはヘルヘイムを司るヘル。
神の最終をも見届ける者だ」
「その自負にすがっているのか」
「・・わたしの下半身が 死のそれであるのは
生の悦びなど永遠にないという 定めをあらわす。
生きることのひとつの証が 貴様のいだく愛ならば それを大切にせよ」
「ひとつ 教えて欲しい。
大神オーディーンは それほど悪いヤツとは思えなかったが・・
俺の友人からも そう聞いている」
「大神は魔族の感情に触れた。それが原因で変わったのかもしれぬ。
大神を弱きに導いたと、言えなくもない。
大神はひとつの感情を得たことで滅亡への道を歩み始めているのかもしれない。
おまえたちにとっては 力となる愛が
神にとっては弱点になるとは皮肉なものだ」

そして ヘルがヒュッと口笛を吹くと 一匹の栗鼠が現れた。

「これが道案内をする。ユグドラシルの根をつたうだろう。
見失わぬようにな」

ヘルは高く笑うと くるりと四に背を向け、二度と振り返らず
また 香油を撒くのだった。

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