小説館新館*凍土の花

凍土の花
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§3 もう一つの世界

「門」の先には確かに河が広がって

§3 もう一つの世界

「門」の先には確かに河が広がっていた。
流れているのは水ではなく 雲のようなものだ。
対岸は暗い霧の向こう、四の魔眼をもってしても 見ることはできなかった。

「おいおい、神の世界は輝けるもんじゃなかったのかよ・・・」
「まだここはヘルヘイムのエリアだからね」
響くような声がした。低いが 女の声だった。
塔の張り出しに腰を掛け 見下ろしてくるものがいた。
すぐに巨人族とわかる。
女はひょいっと飛び降り、四の前に立ち、そしてかがみこんで四を覗いた。

「あんただね、聞いているよ」
「来ることを知っていたというんだな」
「ああ、悪ふざけの神たちのどん尻を『智恵の者』がやってきた。
いつもなら あたしなんかに目もくれないんだけどね
そのときはやつのスレイブニルの手綱を引いて止まったのさ。
そして 言ったんだよ。
後で魔族の男が来るだろう、通してやってくれ、とね」
「智恵の者・・オーディーンか」
「まったく、あの『猛き者』の変わり様には驚いちまう。
知識を得るためならばどんなずるがしこい手も使っていたのにねえ。
それだけじゃない。
詩の蜜酒を得るために自分の左目をえぐって与えたというのは有名な逸話さ。
その黄金の目が静かな泉のグリーンに変わっていた。
下界の魔族に恋をしたって噂、あんた 知ってるかい?」
「え?ああ・・・知っているかもしれない」
「あんたかい?」
「ちがうな。それはたぶん俺の知り合いだ。
まったく、あいつってやつぁ、男からも女からもよくモテるもんだぜ・・・
なんだおまえ、興味あんのか」
「そりゃ こんなところに落とされて数百年。
どんな小さなネタだって楽しませてもらわなきゃね。

この間・・といっても もう1年過ぎちまったけどさ、
アースガルドの神、ヴァンの神だけじゃなくてケルトの神までやってきた。
そりゃもう、意気揚々とね。
まるで これでラグナロクは回避できたかのような騒ぎさ」
「ラグナロク・・・神界の崩壊か」
「ああ、そうだ。
ケルトのクーフーリンの馬に新顔がかかえられていたねぇ・・・
クーフーリンも男前だが、それに負けない・・・あれはまだ少年だった。
だけど 人形のように無表情だった。
あの子かい?あんたが探しているのは」
「きっとそうだ。あれは 俺たちの・・俺の大切な・・・・仲間だ」
「仲間?まあ、いいだろう」
「1年といったな。そんなにたっているのか。
俺にはまだ数日のような気がしていたが」
「あんたのいる下の世界とここじゃあ 時間の流れがちがうんだろう」
「下の世界か。じゃあ ここは上の世界ってことだな。」
「下の世界で人間たちが想像だと思っている世界が実際に上に存在するということだ。
あんたたちが神とやりあったのは ちょうどそのはざまの世界だよ。
下の世界に住むものでそこに意志的に出入りできるのはあんたたち魔族しかいない」
「意志的でないのがあるのか」
「はざまの世界は境界線を失った混沌の世界だ。
欲におぼれた人間がそこに迷い込み、必ず 死ぬ。
けっして上の世界にたどり着くことはできない。
かといって戻ることもすでに不可能。
ゆえに 人間がその存在を知ることはないのさ。

そしてここにも人間が住む。
同じニンゲンといっても、下の世界と上の世界では異なる。
こちらのニンゲンは神に生かされ 神に忠誠を誓った者たちだ。
神が自分たちに都合よく人間を動かしているともいえる。
その人間が住むエリアをミッドガルドという。
神や魔族の住むのはここの中心のアースガルド。
あんたのめざすところだ。
そしてここがヘルヘイム。ミッドガルドの周辺の世界。
あたしたち巨人族は その境のヨーツンヘイムに集められている。
あたしは主のお供でここにやられたけどね。
巨人族は智恵も力もあるから神たちにはじゃまなのさ。
けど とくにオーディーンなんぞしばしばこちらにやってきては
知恵比べをしかけてくるんだがね。
オーディーンはいい、しかしトールはだめだ。
負けそうになるといつもハンマーを振り上げて暴れてごまかす」
「まるで人間だ」
「そうさ。神は人間が理想とする姿とは程遠い。
プライドばかり高く、エゴイスティックさ。

あんた・・ヴァルハラってしってるかい?」
「北の神の城だろ」
「そう・・神の楽園といわれる。

ミッドガルドの人間はあそこへ招かれようと 神に尽くす。
・・・あそこに集められる人間はどういうタイプのやつだとおもう?
英雄として戦いに倒れた死人たちだ。
神はそこで英雄たちに息を吹き込み
ラグナロクに備えてるのさ。
だから 英雄でない人間はミッドガルドで朽ち、世界樹の肥やしになるだけさ。
あそこは楽園なんかじゃあない・・・虚飾の棺桶だ・・・

ミッドガルドの人間は神を近くに感じることができるから まだいい。
神が直接手をくだしやすい。
しかし 下の人間はやっかいだ。
理想を忘れてしまうと 自分たちがすべてだと勘違いする。
それが神々には不満なのさ」
「で、このあいだのように 現れるんだな」
「そう・・・そして人知をこえた障害を ニンゲンに及ぼす。
まるでそれは 悪魔・・」
「悪魔というのは 魔族が堕ちた姿じゃ・・・」
「いや、いまはよい。あんた 自分の目で確かめてくることだ。
そして 恋人を連れ帰るがいい。
『高き者』はそれを手助けするだろう。
以前なら想像もできないような大神の姿にであうのだ。
恋というのはどんな神業よりも不思議な力をもっているのかもねぇ」
巨人の女は笑った。
「だけど、あんた・・・ロキには気を付けるがいいよ。
ロキは冷静な観察者だ。
神の偽善さえ見抜いている。
あれは誰の味方でもない。
神々は感づいているがそれによって神界が乱れることをおそれている。
何事もないようにふるまう。
もしも不都合があれば 魔族にその責任をおしつければいい。
あんたたちもかわいそうなもんさ」
「上の世界の構造はなんとなくわかったよ。
それで アイツは・・クーフーリンが連れていたバージルはどうなっている?」
「おそらくオーディーンがまわりの神の手から守っていることだろう。
しかし万能の神はオーディーンばかりじゃない。
神は欲するものをどんな手段を講じても手に入れようとする。
なぜあの子なのか、そこまではあたしにはわからないね。
さあ、進むがいいさ。橋を渡れ」
「橋?」
巨人の女は雲の河に向いてふぅっと息を吹きかけた。
雲が散ってそこに石の橋が見えた。
しばらくヘルの荒れ地がつづく。そのさきがミッドガルドだが・・・
ヘルにはヴァルハラに行こうとして行けなかった人間や
アースガルドを落とされた神、
神に敗れた巨人たちの魂が
恨みをもって漂っている。
あんたのその剣を信念をもって振るうことだね、サミジナ」
「ここで俺はそう呼ばれるんだな。
おまえの名は?」
「ヒュンドラ」
「ありがとう、ヒュンドラ。
次に会うときには連れも一緒だ。紹介するぜ」
「ふん、楽しみにしていよう。
ああ、もうひとつ。
ヘルにはヘルの支配者がいる。
礼節を尽くせ」

***

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