レンズ越しの世界は


「ねぇ、ティエリア。」
そんな言葉を紡いで、フェルトは僕の眼鏡に手をかけるとそれを呆気なく取り上げる。
あまりに自然な動作だったから、制止することもできなかった。



“レンズ越しの世界は”



「何をするんだ。」
取り返そうと手を伸ばすが、彼女はひらりとかわして無意味に空気を掴む結果となった。
眼鏡なんて取って何をするかと思えば、彼女はそれを自分にかけた。
瞬間、眉間に深いしわが刻まれる。
「何これ…。視界が歪んで気持ち悪い…。」
「君は目が悪くないのだから歪んで見えて当然だ。」
未だ渋い顔をしている彼女から眼鏡を取り上げて、かけ直そうとしたところでストップの声がかかった。
「何だ…?」
呆れたように声を出せば、彼女の顔が急接近。
思わず目を見開く僕の頬を小さな両手が包み込む。
「ティエリアって…、眼鏡外すと女の子みたいな顔してるよね。」
「それは嫌味か?」
「羨ましいってことだよ。」
「そんなの…」
君の方がよっぽどかわいい、と言いかけてやめた。
聞きたそうな顔をして覗き込む彼女を制して、先ほど取り返した眼鏡を鼻筋にかける。

「うん。やっぱりティエリアは眼鏡かけてた方がいいね。」
「どうも。」
「………。」
「どうした…?」
「ティエリアは、眼鏡のレンズ越しの世界がいつもの世界なんだよね…?」
言っている意味がわからなくて、僕は眉をしかませる。
一体何を言いたいんだ?

「私の見てる世界と、ティエリアの見てる世界って違うんだね…。」
「違わないだろう?」
「私は、ティエリアの世界が歪んで見えた。少し、かなり…寂しい。」
「それは眼鏡のせいだろう?」
「じゃあ、眼鏡を外して私が見える?」
見えないでしょ?と続けて彼女は寂しそうに視線を逸らす。


「見えるよ。ちゃんと見える。僕がフェルトを見失うはずない。」
眼鏡を外して、霞む視界で彼女の桃色の髪を撫でる。
「違う世界なんかじゃないから。僕はここにいるよ。」
不器用に笑ってみせれば、ぼやけた彼女も同様に笑顔を見せた。


(レンズ越しの世界は歪んで見えて、まるで別世界。それでもあなたは見つけてくれる。)



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